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父の7回忌

連休は父の7回忌のため、愛知に帰省していた。墓前に市政への挑戦を報告した。父は、藤野町議補選に出馬する前に他界しており、生前は私が平穏な人生を送ることを望んでいたから、議員であることも、4月の新たな挑戦も、さぞや心配しながら眺めていることだろう。

父は6人兄弟の末っ子として、清水がわき出る岐阜県の山奥で生まれた。中学卒業後すぐに丁稚奉公に出たが、ほどなく店が倒産し、愛知県の製紙工場に就職した。父の友人たちの話によると、努力家で自力で多くの資格を取得し、誠実な仕事ぶりで、職場になくてはならない機械整備士だったという。

しかし、学歴がものを言う時代、高校や大学卒業の後輩が次々と上司となった。家計が苦しいながらも、私たち2人の子どもには百科事典や文学全集を買ってくれた。「勉強をしなさい」とは言わなかったが、自分が学べなかった悔しさから、子どもたちには勉強できる環境をととのえてあげたいと思っていたのだろう。私が大学に合格したことも、中学校の教員となったことも、誰よりも喜んでくれた。

工場が火事になり、サイレンが鳴り響くと、父は跳ね起きて、消火活動に飛び出していった。「工場は俺が守る。」そんな気迫を子どもながらに感じた。炎で真っ赤に染まる空におびえながら、私たち家族は、父が無事に帰ってくるのを待った。

責任感が強く、困っている人はほっとけない、曲がったことは大嫌い、そんな父であった。私の中にも父の血が流れている。私の市政への挑戦を父は心配しながらも、応援してくれているはずだ。「お父さん、見守っていてください。」と祈る日々である。(2007/02/12)

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