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東日本大震災被災地 大船渡市へ(3)

大船渡市越喜来(おきらい)地区。綾里(りょうり)地区。現地に行って、被害の甚大さを痛感した。百聞は一見にしかず。

被災して全滅した町と昔からの教えを守って難を逃れた地区があった。被害の広がりは、津波の大きさだけでなく、経済活動の優先や科学技術の過信などに由来する、まちづくりにもあったのではないか。国や行政にも反省すべきことがあると思えてならない。復興にあたって、人命や財産を守るためにどのように土地利用を図るのかが問われる。

また、救援物資や義援金の配布では、機動性と柔軟性に富む民間ボランティアが大活躍。阪神淡路大震災など、国内外を問わずボランティア活動の経験が、蓄積されているのを感じた。それに比べ、行政はまだまだ「お役所仕事」。疲労困憊した職員を非難するつもりはないが、もっとボランティアのプロたちに任せてもいいのではないか。平等、公平、書類の提出。本当に必要なのか。急を要する支援に、判断力が問われる。被災地の総括は、私たちにとっても財産となる。その時の備えとして。

いくつかの避難所を訪ね、お話を伺う。北里大学水産学部(海洋生命科Photo_5学部)が早々と引き上げてしまったことは、残念に思う。こんなときだからこそ、海底調査や養殖場の再生に力を貸してほしい、学生さんたちにも力を貸してほしい。町の復興には北里大学は欠かせない。とにかく早く戻ってきてほしい。

行政はそつなくやろうとするから時間にロスが多い。支所が被災してしまい、市役所まで行くのが大変。ガソリンもないから大変。早く支所が再開されてこっちで手続きができるようにしてほしい。救援物資に何があるのか知りたい。全国の人にこの現状を知ってほしい。

今回の調査を被災地への継続的な支援と本市の災害対策に生かしていきたい。

Photo_7

写真は、三陸町越喜来小学校。海側から津波によって運ばれた瓦礫が校舎でせき止められている。2階から外へ出る避難階段で、小学生はみな、難を逃れたそうだ。(2011/5/8)

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