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津久井やまゆり園 その2

8月12日、ようやくマスコミがいなくなったと聞いて、津久井やまゆり園に献花に行きました。
警察官による警護はありましたが、静かに手を合わせることができました。犠牲になったみなさんのご冥福を心からお祈りしました。

事件後、民生部会が2度、開催されました。
1度目は、事件から3日後の7月29日。

容疑者の措置入院の経過や救急隊の対応、傷病者の搬送先、事件概要、事件後の市の対応などの説明を受けました。
職員の説明や他の議員の質疑への回答を聞きながら、私の中で、どんどん膨らむものがありました。

それは、繰り返される「法に基づき、適切に対応していた」「個人情報の保護という観点から」という職員の言葉への違和感と、
「でも事件は起こってしまった。なぜこの凄惨な事件は、防ぐことができなかったのか」という疑問です。

衆議院議員議長への手紙がきっかけで、法第23条に基づく警察官の通報があり、市は、医師の診断を受けて、措置入院をさせました。医師2人は、どちらも、一過性の薬物性(大麻)障害と継続して治療が必要な障害の2つを診断名として併記されました。

自傷他害の恐れがなくなれば、措置入院は解除されます。
しかし、その後も通院治療は必要とされていました。

しかし、「退院後は、他自治体で両親と暮らす」と記載されていため、市は措置入院解除後、本人とも、両親とも関わることはありませんでした。

「人権、個人情報の保護、大麻取締法で警察署への届け出の義務なし。だから、個人情報の提供はできないと判断した」
「精神保健法は、犯罪抑止を目的としていない」
「むやみに他の自治体に情報提供することはできない」

職員の言葉は正しいのでしょう。

だけど・・・・

衆議院議員議長への手紙の内容×大麻の陽性反応×通院治療が必要
この3つがかけ合わされれば、当然「リスクあり」ですよね?
それでもなぜ、退院後のフォローがなかったのか。

セーフティネットとしての役割を果たすなら、退院後の暮らしを本人や両親とともに考える機会を持つべきではなかったのか。

本人とその家族にその寄り添うこと。
困り感を共有した上で、どうしていくかをともに考えること。
そんな基本的な、そしてとても大切なことが欠けていたのではないか、そう思えてなりません。(2016/08/13)

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